モノクローナル抗体とその改変型の熱安定性をDLSとラマン分光法の併用によりさらに理解する

DLSとラマン分光法を併用すると、鋳型モノクローナル抗体(mAb)と改変型モノクローナル抗体(mmAb)のコロイド安定性と構造安定性を同時にモニターし、熱ストレスの機構的影響を把握できます。

マルバーンのBioscience Development Initiative

要旨

動的光散乱法(DLS)とラマン分光法を併用すると、処方条件下の治療用タンパク質製剤に関する化学的、構造的、物理的パラメータを調べることができます。

ここでは、鋳型モノクローナル抗体(mAb)と改変型モノクローナル抗体(mmAb)のコロイド安定性をDLSで、構造安定性をラマン分光法で同時にモニターすることで、熱ストレスがこれらの抗体に与える機構的な影響を有意に得られることを示します。

特に、DLSとラマン分光法を併用したこの方法では、mAbと比較したmmAbの熱安定性の低さ(早期オリゴマー形成)が、チロシン側鎖残基の3次構造変化によって始まることが明らかになりました。この機序の観察結果は、この2つの手法を個別に使用すると完全には明らかにならなかった可能性があります。

はじめに

バイオ医薬品の開発にあたり、モノクローナル抗体(mAb)とその処方について研究し最適化する過程で、熱安定性評価は重要なステップです。 示差走査型カロリメトリー(DSC)は、熱挙動の特性評価において標準的な手法で、吸熱反応を基に安定性および熱力学特性を評価します。 DSCでは、加熱中の凝集を最低限に抑えるため、試料を低濃度(0.5mg/mL~1.0mg/mL)で使用します。したがって、処方製品において一般的な高濃度の安定性をテストする場合には、あまり効果的な方法ではありません。 また、低濃度試料を加熱しても凝集が発生しないという前提に立っているものの、得られたデータからこれを確認する方法はありません。また、凝集を視覚的に確認できる試料は、多くの場合DSCの実行によって得られた最終生成物です。 DLS(粒子径と凝集の特性評価)とラマン分光法(進行中の2次および3次構造変化の把握)を併用すれば、処方(添加剤を含む)濃度で熱安定性を調べることができるほか、凝集と変性を区別することも可能です。

以前検討した球状タンパク質では、熱ストレスにより引き起こされる2次構造の変化が顕著でした(DLS/ラマンを使用してBSAとリゾチームの特性を評価した「WHITE PAPER」の事例を参照)。対照的に、mAbの2次構造はきわめて安定していることで知られています。 その要因は、構造フレームワークにβシートが豊富にあり、共有結合性のジスルフィド結合がさらに安定性を与えているためです。 熱ストレスだけで2次構造が有意に不安定になることは予想されていません。

このホワイトペーパーの事例では、構造的に改変されたmAb(改変型モノクローナル抗体、つまりmmAb)と、それに対応する鋳型モノクローナル抗体、つまり改変元となったmAbの熱安定性を比較します。

材料と方法

マルバーンのゼータサイザーヘリックス(ZS Helix)は、ゼータサイザーナノZSPにラマン分光器をファイバーで連結、統合したシステムで、1つの試料からDLS(コロイド安定性)データとラマン分光法(構造安定性)データを連続して得ることができます。 ゼータサイザーナノシステムは、独自の非接触後方散乱(NIBS)検出技術を動的(DLS)、静的(SLS)、および電気泳動(ELS)光散乱法に統合し、0.1mg/mL~≥ 100mg/mLのタンパク質の流体力学的半径(0.15nm~5µm)を測定します。 ラマンスペクトルは785nmの励起(約280mW)を用い、150cm-1から1925cm-1の範囲、4cm-1の分解能で得られます。 mAbと改変型mAb(mmAb)は、pH 5.5の10mM His緩衝液で50mg/mL用意しました。 試料は、実験を行うまで4℃で保管しました。 少量の試料(約120µL)を3mmの石英セルに入れ、0℃~90℃±0.1℃に温度管理されたコンパートメントにセットしました。 あらかじめ設定した0.1℃~5℃で段階的に昇温しながら、ラマンデータとDLSデータを取ることで温度変化の影響を調べました。 等温インキュベーション実験では、目的の設定温度であらかじめ設定した時間間隔で一連のラマンデータとDLSデータを収集しました。

結果と考察

ラマン分光法

mAb試料およびmmAb試料を加熱し、実験を通してDLSおよびラマンを使用し、粒子径と構造の特性をモニターしました。 図1は、低温条件下および高温条件下におけるmAbとmmAbのラマンスペクトルを示しています。ここでは、分子の2次構造の安定性を確認できます。 これらの構造に対応するスペクトル領域、特にアミドIとIIIの領域には、顕著なピークシフトまたは強度変化は見られず、ごくわずかなバンド拡がりが、大半はアミドI領域に見られるだけです。

図1:熱ストレスの前後のモノクローナル抗体(A)と改変型(B)の代表ラマンスペクトル
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mAb/mmAbの2次構造は、部分最小二乗法解析でモデル化できます。この解析方法では、既知の2次構造要素を持つ参照タンパク質試料で得られたスペクトルを基に、未知のタンパク質試料の2次構造を予測します。 図2では、mAb(図1A)とmmAb(図1B)のモデル(αへリックス、βシート、βターン、ランダムコイル)ごとに予測した4つの構造モチーフの温度依存性を示します。 比較的小さなスペクトル(図1)と構造(図2)の変化が観察されます(例えば、転移温度を超える加熱でBSAのらせん構造含量が約40%減少するのに対し、mAbとmmAbの両方で見られるらせん構造の変化は10%未満です)が、mAbとmmAbは明らかに異なる挙動を示しているのが判別できます。

図2Cでは、mAbは70℃近くで1回、急激な転移を見せている一方で、mmAbはそれより低い約50℃と65℃とで2回転移しています。 これは、熱ストレスに対する反応がmAbとmmAbとでは異なることを示しています。このことはスペクトルを直接比較しても明らかにならなかったことです。

図2:モノクローナル抗体(A)およびその改変型(B)で予想される、温度上昇に伴う2次構造の割合。 各カラートレースは、異なる構造要素の変化を示しています(らせん(青)、βシート(赤)、βターン(緑)、ランダムコイル(紫))。 (C)はmAbとmmAbのらせん含量の変化を強調したものです。 構造の変化はきわめてわずかですが、それでも有意なものです。 改変型mAbの転移は、低めの温度で発生しています。これは、熱安定性がmAbよりも低いことを示します。
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図3:トリプトファン側鎖のインドール環とペプチド結合面の間のねじれ角を示すスペクトルマーカーの近似ピーク位置(A)、チロシン側鎖の水素結合環境を示すスペクトルマーカー(B)を、モノクローナル抗体(青)とその改変型(赤)に対する熱ストレスに応じてプロット
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興味深いことに、芳香族側鎖マーカー、つまりトリプトファン(Trp)とチロシン(Tyr)の熱プロファイルは、mAbとmmAbで有意な違いを示しています。 図3Aにあるように、Trp側鎖のインドール環とペプチド結合面の間のねじれ角を示すスペクトルマーカー(1550cm-1の特性)は、mAbでは約69℃で急激な転移を1回見せている一方で、mmAbはそれよりも早い約66℃で転移が始まり、その転移もきわめて広汎です。 Tyr側鎖の水素結合環境を示すスペクトルマーカーをプロットした図3Bでは、さらに違いが見られます。 ここでも、mAbは約69℃で1回、急激な転移を示しています。 一方、mmAbトレースは約53℃と約62℃の変曲点で2回転移を見せています。 2次構造で見られた構造安定性に加え、この結果は、(改変の一環として追加された)Tyr側鎖が早期の構造変化を引き起こし、熱安定性を低下させている可能性があることを示唆しています。

動的光散乱法

ラマン分光法は、構造変化を明らかにしますが、熱ストレスによる変性や凝集に伴う、分子サイズの変化には対応していません。 動的光散乱法(DLS)とラマン分光法を併用すれば、この2つの重要な特性を同時に解析できます。

図4:モノクローナル抗体(青)とその改変型(赤)の動的光散乱法(DLS)で得られたZ平均粒子径(A)と多分散指数PDI(B)を温度変化対してプロット
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図4Aは、mAbの凝集がmmAbよりも高い温度で始まっており、ここでも、高い熱安定性を備えていることを示しています。 mmAbは、特にチロシン水素結合環境の場合、ラマンデータで見られたものと同じ2回の転移を示しています。 DLS Z平均粒子径データによれば、低温側の転移は約50℃でオリゴマー形成していることを示します。 mmAbの高温側の転移(約65℃)は、mAbの70℃より高温で見られたものと同じく、急速かつ大規模な凝集です。 図4BのPDIトレンドは一定しています。 mAb試料の場合、約60℃で顕著な上昇が1回見られるまで、PDIは0.1付近で変動しています。 mmAb試料のPDIの進行は約50℃と約62℃で2回のピークを見せています。これは、比較的均一な粒度分布から多分散分布に転移し、そこから比較的均一な状態に戻ってから、最終的に再びかなりの多分散状態になることを示しています。 このデータが示唆しているのは、最初の転移中にmmAb試料がオリゴマーを形成していること、およびそのオリゴマーが2回めの転移で大きな凝集を形成していることです。

この観察結果+F158は概ね上記のラマンデータと一致しています。 さらに、Trpの1回の転移とTyrの2回の転移が早期に始まることを考慮すると、ラマンデータとDLSデータがともに示しているのは、mmAbの特性である低い熱安定性(早期オリゴマー形成)が、チロシン側鎖の3次構造変化によって引き起こされている可能性です。

図5:動的光散乱データから得られたモノクローナル抗体(A)とその改変型(B)の強度および体積分布データ。 異なる温度で収集したデータを色分けしてプロットしています。
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DLSは粒子径そのものに加え、粒度分布も決定します。これは、静的光散乱法や濁度測定では得られないデータです。 図5A1では、mAbは約100nmのピークが約65℃で現れることを示します。一方、mmAb(図5B1)では、この粒子径の粒子群は約50℃で出現します。 ここで注意する必要があるのは、DLSが高い感度を備えているため、0.1%(体積基準)の大きな凝集が、その1/10サイズの粒子が99.9%存在する場合と同じ散乱強度を生ずることです。 そのため、体積加重分布から得られた転移温度は、散乱強度加重分布から得られた転移温度よりも高くなります。 mAbの場合、体積分布は約70℃で明確な上昇を見せています(図5A2)。一方、mmAbの場合、そのピークは約57℃にシフトします(図5B2)。

PDIは、Z平均粒子径および体積分布に比べると、凝集に対してきわめて感度の高い測定のように見えます。 図4では、Z平均粒子径の凝集開始温度は約65℃ですが、PDIの解析では開始温度は約60℃という低さです。

ここで重要なのは、動的光散乱法による流体力学的サイズは、ストークス-アインシュタインの式に基づいて決定されるということです。この式では、溶液の粘度が明らかになっている必要があります。 重量に対して約5%という比較的低い濃度では、水の粘度を基に溶液の粘度を概算する方法が合理的です。 とは言っても、タンパク質が凝集、沈殿、ゲル化すれば、この概算値はおそらく無効になります。 この場合、粒子径の値は、おそらく正確ではないものの、トレンド自体は定性的に正確でしょう。

等温インキュベーション

上記の結果からはっきりと分かるのは、mAbとmmAbの熱安定性プロファイルの違いが、3次構造(側鎖)の変性によって促されるmmAbのオリゴマー形成によるものだということです。 ただし、このプロセスのキネティクスとオリゴマーの安定度に関しては不明です。 mmAbのオリゴマー形成のキネティクスを調べるために、さらに実験を行いました。 具体的には、転移前温度(46℃)、転移中温度(53℃)、転移後温度(60℃)で、等温インキュベーションを実施しました。 結果は図6に示しています。

図6:mmAbに対する等温インキュベーション実験。動的光散乱データ由来のZ平均粒子径(A)、Tyrピーク位置(B)、Trpピーク位置(C) 各インキュベーション温度を青(46℃)、赤(53℃)、緑(60℃)で表し、時間経過に応じてプロットしました。
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転移前の温度(46℃)でインキュベートした場合、粒子径はゆるやかに増加し、Trp、Tyrのいずれのラマンマーカーバンドも有意なピークシフトを示していません。 しかし、53℃では、10nmの粒子径が約35nmへと急激に増加した後、安定しました。 同時に、Tyrのピーク位置が低下し、Trpのピーク位置がわずかにシフトしています。 より具体的に示すと、Tyrのピーク位置は856.8cm-1から855.5cm-1にシフトしました。この値は、図3Bの最初の転移で見られます。 60℃では、粒子径は3時間以内に40nmを上回るサイズへと急成長し、TrpとTyrのピーク位置も急激に低下しました。ここでも、Tyrのピーク位置は約855.5cm-1にシフトしています。

新しく加わった、または改変されたチロシン残基がより低い温度でオリゴマー形成を引き起こしているために、改変型モノクローナル抗体の熱安定性が低下しているのではないかという推定が、この結果からも裏付けられました。 さらに興味深いことに、等温インキュベーション後最初の温度に戻すと、Tyrのピーク位置は低いままですが、Trpのピーク位置はある程度まで戻っています(データ未記載)。

上記の通り、53℃でインキュベーション後のTyrの最終的なピーク位置は、温度変化実験で最初の転移が起こったときに見られたピーク位置と近いポイントにあります(図3B)。 したがって、私たちは最初の転移が完了したものと考えて60℃でインキュベーションを止め、20℃に冷やして、オリゴマーの熱可逆性をテストしました。

図7:mmAbに対する温度変化実験。動的光散乱データのZ平均粒子径(A)、ラマンデータのTyrピーク位置、Trpピーク位置(B)。指定温度においてインキュベーション時間に従ってプロット。
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図7Aでは、64℃近くで最終的な凝集が始まるまで、初期粒子径約50nmが維持されています。 TrpおよびTyrは特徴である2回の転移を見せず、粒子径の転移で見られた状態と同じく、約64℃で1回だけ転移しました。 これは、約50℃で形成されたオリゴマーが安定しており、冷却しても解離しないことを示します。 また、希釈実験(データ未記載)も、オリゴマー形成が完全に可逆的ではないことを示しています。

結論

DLSとラマン分光法を併用することで、私たちは次の点を明らかにしました。(1)被験対象のモノクローナル抗体は、モデル球状タンパク質とは異なる2次構造転移プロファイルを備えている。(2)mAbの芳香族側鎖残基は、熱ストレスにより明らかな配座/構造転移を示す。(3)改変型mAbはmAbよりも熱安定性が低い。これは約53℃でオリゴマーが形成されることからも裏付けられた。(4)オリゴマー形成の機序は、チロシン側鎖の変化によって引き起こされると考えられる。(5)形成されたオリゴマーは安定しており、冷却や希釈でも元に戻らない。

また、私たちは次の点に気付きました。(1)DLSから得られる使用可能なパラメータには、Z平均粒子径、PDI、粒度分布などがあるものの、PDIが変化に対しておそらく最も高い感度を備えている。(2)溶液の粘度が水の粘度とは顕著に異なる場合、粒子径の値を解釈する際には注意が必要である。(3)ラマンスペクトルマーカーの感度は高く、変化がわずかな場合でも複数の転移を十分に捕捉できる。 これらの実験はすべて繰り返し行い、妥当な再現性が得られました。

マルバーンのBioscience Development Initiativeについて

マルバーンのBioscience Development Initiative(BDI)は、バイオサイエンス市場における未対応の測定ニーズに対応するため、新技術、新製品、新機能の導入、開発、振興を加速させる組織として設立されました。

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