等温滴定型カロリメーターを購入する際に検討する10のポイント

等温滴定型カロリメーター(ITC)の物理的なコンポーネント、特徴、および技術仕様は、新しいシステムを購入する上できわめて重要です。 しかしながら、記載されている仕様は、場合によっては分かりにくく、誤解を招く恐れがあったり、装置の実際のパフォーマンスにはほとんど関係ない場合もあります。 サンプルを実際に測定する場合、記載されている仕様が必ずしもメリットやデメリットとなるわけではありません。

等温滴定型カロリメーターを評価するに当たって、検討すべき項目を次に示します。

はじめに

等温滴定型カロリメーター(ITC)の物理的なコンポーネント、特徴、および技術仕様は、新しいシステムを購入する上できわめて重要です。 しかしながら、記載されている仕様は、場合によっては分かりにくく、誤解を招く恐れがあったり、装置の実際のパフォーマンスにはほとんど関係ない場合もあります。 サンプルを実際に測定する場合、記載されている仕様が必ずしもメリットやデメリットとなるわけではありません。 データのクォリティやサンプルの取扱いやすさを改善するように装置を組み立てているか、あるいは装置を最適な状態に設定しているかどうかということと、コンポーネントおよび技術的な仕様が世界最高レベルにあるということは関係ありません。

等温滴定型カロリメーターを評価するに当たって、検討すべき項目を次に示します。

異なる装置を検討するにあたり、考えておく必要があることはなんでしょうか?

どのベンダーも、独自の用語や方法で仕様や装置を説明しています。 しかしながら、ITC装置に関するどのような検討事項も、まずは実施するアプリケーションの必要条件を把握し、装置の持つ仕様と機能がそれらにどのような影響を与えるかを理解することから始めなければなりません。

1. サンプル消費量は重要なポイントでしょうか?

装置の感度を評価する最も一般的な方法は、ノイズ仕様を比較することです。 これは一見、合理的ですが、ノイズの定義がベンダーごとに異なる可能性があります。あるベンダーの値と別のベンダーの値を比較することは難しいと言えます。 重要かつ、関連性のある要因として、次の点に留意する必要があります。

1/一般的なインジェクション時間中のベースライン変動

2/インジェクションピークエリアを正確に測定するための精度

良好なITC結合曲線は、こうした一連のインジェクション時の熱で構成されます。また、ピークエリアを測定するための精度は、KDなどのパラメータ値に直接影響します(図1を参照)。

図1:ITCインジェクションピークの比較 ピークの開始ポイントと終了ポイントの間にベースラインが引かれるため、左側のピークエリアは簡単に求められます。 右側のピークエリアは、ピーク開始ポイントと終了ポイントを特定しにくいため、明確に求めることが困難です。
MRK2154_fig01

これは、低濃度のサンプルを用いる場合やサンプル消費量をできる限り抑える必要がある場合、または強い結合を持つ相互作用の親和性を求める場合の測定で特に顕著に現れます。 (図2を参照)

図2:良いITC等温滴定曲線と悪いITC等温滴定曲線 ピークエリアが正確に測定された場合、測定データポイントはフィッティングで得られた等温滴定曲線とよく一致する可能性が高くなります。 実験ピークから得られた左側のデータは右側のデータよりもより容易に見極められます。 右側のデータのようにプロットが散乱していても親和性や熱力学的パラメータなどを求めることはできます。しかしながら、得られたデータの精度については不明瞭といえます。
MRK2154_fig02

一部のベンダーのベースライン安定性(図3を参照)は見た目は良いように見えますが、多くの場合、解析プロセスの前に生データが一連の主観的な操作が行われています。

図3:短期間でのノイズとドリフトの例 左図の緑色の線は、2つの短期間でのノイズを示しています。 データセットを高くすると、ノイズも高くなります。 それでも、典型的なITCデータのピーク領域を求める上で問題はありません。 しかしながら、黒色の線は非常に良い短期間(数秒間)のノイズを示していますが、ITCのピーク幅である2~3分の範囲で見ると非常に変動が大きく、正確にピーク領域を測定する上で多大な影響を与えます。 右図はデータのドリフトを示しています。 ドリフトは見た目はあまりよくありませんが、もしピーク領域を正確に求めるにあたり影響しないのであれば、フィッティングで得られたパラメータのクォリティーを損なうことはありません。
MRK2154_fig03

これは、時間のかかるプロセスになるのはもちろんですが、おそらくそれより重大な問題として、KDデータなどのパラメータを不明確なものにしてしまいます。 ITC装置を比較するためには、低濃度のサンプルで測定をするとよいでしょう。そうすれば、ピーク領域の正確さを実際に試すことができます。 理想としては、極端に困難な場合を除いてあらゆるケースで、このプロセスを自動的に実行することです。 測定者は、この手順を実際に試して、プロセスを完全に理解する必要があります。 繰り返し測定により得られた親和性や熱力学的パラメータの情報を比較することで、そのシステムがしっかりとした手法であることを評価することをお勧めします。

2. データの再現性は重要でしょうか?

高めのサンプル濃度で測定を行う場合でも、再現性のあるデータ取得に役立つ、さまざまな要素があります。 その1つが、シリンジの洗浄です。 ラボのルールとして、サンプル測定間で、滴定シリンジを乾燥させておくことをお勧めします。 滴定シリンジを乾燥させないと、洗浄時の超純水や緩衝液などでリガンドサンプルが希釈されやすくなります。 滴定シリンジ内に2µlの水が残っているだけでリガンドが5%希釈されます。この誤差は相互作用測定で得られたエンタルピーに、同じ分量の影響を直接及ぼします。 メタノールとその後の空気による乾燥で、シリンジを簡単に洗浄できるカロリメーターを探すとよいでしょう。

もう1つの要素はインジェクトの再現性です。 お使いになるカロリメーターは、高い再現性を備えた極めて少量のインジェクトをもたらす精密なピペットを備えていなければなりません。

図4:20mMのNaOHに2mMのコハク酸をさまざまな滴下量でインジェクト 異なる7つの滴下量で6回のインジェクトを行い、ピペットのインジェクション時の熱量の再現性を測定しました。 1.5µlをインジェクトした場合のインジェクション再現性は1.5%を上回っていました。
MRK2154_fig04

3. 装置とソフトウェアは使いやすいでしょうか?

ソフトウェアとハードウェアのユーザインタフェースを評価する必要があります。 理想としては、シリンジへの充填と乾燥が迅速かつ簡単であるべきです。 セルポートは熱量測定用のセルにサンプルを充填することを支援し、気泡が混入しないように目視できる必要があります。

少なくとも、ソフトウェアの使いやすさは同じように重要です。 ユーザフレンドリーの度合いは実際に使用する人によって異なるため、自分にとって重要な機能をよく確認してください。 最もよい方法は、自分で装置を操作してデータ分析を実施することです。 サンプルをベンダーのラボに送り、単に報告書を受け取ったとしても、それらは装置の使い方、サンプルの測定、またはデータの解析方法を理解する上で役に立ちません。 ソフトウェアを使用し、1回または2回の測定を最初から最後まで実施することをお勧めします。 このようにして装置やソフトウェアを自分にとってどの程度ユーザフレンドリーかを確実に理解しておけばシステムの選択に役に立つでしょう。

4. 日に実施できる実験の回数を最大限にする必要があるのでしょうか?

装置の応答時間は、サンプルの消費量と実験の測定時間の両方に影響を与えます。 応答時間の計算方法はメーカーによって異なりますが、装置の応答時間は、実験の実施および設定にかかる時間を単純に比べることで簡単に比較できます。 応答時間が早くなると、1日にできる実験回数も増え、多くの場合、サンプル必要量も低減します。

良好なカロリメトリーのデータに対するニーズがラボ内で高まっていくことを予想できる場合、システムを自動化できるサプライヤを検討して、装置を自動化プラットフォームにアップグレードできるように検討しておく必要もあります。

5. 幅広い親和性を測定できるようにする必要があるでしょうか?

結合が強い相互作用の親和性をITCで測定するには、定のどのサンプルを使用する必要があります。 これらは最もチャレンジングな実験であり、わずかな熱量を正確に測定できる装置が必要です。 装置が正確な測定を実施できるかどうかは、さまざまな要素によって決まります。ベースラインの安定性や応答時間など、一部の要素については、このガイドで既に言及しています。 また、正確な測定は、測定したいサンプルの結合プロセスが持つ固有の熱量にも左右されます。 結合の強い相互作用を測定に適した装置を確認する場合、検討すべき要素がいくつかあります。 まずは低濃度のサンプルを用い、繰り返し測定で得られた親和性の変動を確認します。 次に、文献を確認します。文献化されたデータの再現性が高く、できれば数値だけどなく、実際の等温滴定曲線を掲載されているものを探す必要があります。 良い文献の例として、Lulf et al. 2014(1.6 nM)1とRamakrishnan ett al. 2012(2.5 nM)2などがあります。

弱い相互作用を測定するには、高い濃度が必要になります。 このような場合、サンプル充填エラーと、再測定の必要性を最低限に抑え、用にサンプルを充填できる装置を探す必要があります。

6. 幅広いアプリケーションに対応する必要があるか?

装置がユーザーの用途に対応しているかどうかを確認する必要があります。 例えば、金は熱測定に適した熱特性を有しています。 ただし、ジスルフィドを持つタンパク質の相互作用を測定する場合、チオール基と相互作用しないセルを持つカロリメーターを選択する必要があります。 チオール、ジスルフィド、チオエーテルが金と強く相互作用する事実はよく知られています3。 硫黄と金の強力な相互作用により、高密度の自己組織化単分子膜(SAM膜)が形成されます4。 この結合が、測定結果を阻害する場合があります。 また、金との相互作用は強いため、セルがタンパク質で覆われないようにしたり、次の実験でコンタミさせたりしないようにするために、入念に洗浄する必要があります。

7. 結果に対し、どの程度確信を持てるか?

データに対する確信は、実験を繰り返することで得られます。 ただしサンプルが限られている場合、自分が使用している装置が科学コミュニティで広く使用されており、長期間にわたりさまざまなアプリケーションでクォリティの高いデータを生成していることがわかれば安心して使用することができます。 そのためには、文献をよく調べ、またユーザーが関心のある分野で影響力が大きいグループが何を使用してきたかを確認します。

8. 適切な装置メーカーを選ぶには?

お客様にとって最適な装置メーカー、またはベンダーを見つけることが重要です。 ITC装置は、高品質の製造と信頼のおける最先端の技術を有する技術を備えた企業が理想です。

これらの装置を最前線で開発して最適化してきた歴史を持つメーカーを選ぶことをお勧めします。 経験ある企業の場合は、装置の品質にばらつきがほとんどなく、革新的な技術やアプリケーションを生み出してくると思われます。 そのような企業を選んだ場合は、結果としてユーザにとっても多くの利益をもたらすことになるでしょう。 経験ある企業の場合は、製品の製造、販売だけでなくご購入後のサポートも充実している可能性が高いと思われます。

9. アフターサービス、およびサポートはどうでしょうか?

装置を購入した直後は初心者なわけですから、世界レベルのサービスとアフターサポートを提供している企業からシステムを購入することが重要といえます。

電話、メールなどによるサポートや、トレーニング、修理点検、さらにエキスパートレベルサポートを提供できる企業をお勧めします。 装置を購入する前に、利用可能なサポートについて問い合わせ、可能であれば、決定する前に一部のサービスを試しに実施してもらうように依頼してください。これにより、新しい装置をラボに設置したときに品質やサポートがどの程度のものになるかを実体験できます。

10. 仕様がほぼ同じの場合、最低価格の製品を購入しない方がいいのでしょうか?

価格の基準で購入しないことをお勧めします。

ITC装置には、デザインも品質もパフォーマンスもさまざまなタイプのものがあります。

記載された仕様では複数の異なる装置が同じように見えても、実際のパフォーマンス、品質、寿命は大幅に異なります。 長期間での装置の利用を考慮した場合、低価格の選択肢は多くの場合、最善の価値を持たず、たいてい余計な経費がかかる可能性があります。 パフォーマンスも再現性も低い装置の場合、サンプル消費量の増加やデータが得られるまでの時間を考えると、多大なコストがかかることになります。

参考文献

  1. Lulf et at . Structural basis for the inhibition of HIV-1 Nef by a high-affinity binding single-domain antibody Retrovirology 2014, 11:24 
  2. Ramakrishnan et al. Probing Cocaine-Antibody Interactions in Buffer and Human Serum. PLoS ONE. 2012. V. 7(7). e40518 
  3. Ulman, A. Introduction to Ultrathin Films; From Langmuir-Blodgett Films to Self-Assembly; Academic Press: Boston, 1991. 
  4. Dubois,L. H.; Nuzzo, R. G. Annu. ReV. Phys. Chem. 1992, 43, 437-463.

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